およぐこころ、たゆたうからだ

100兆ドラクマko.i.tsu、自身のメンタルヘルスの記録

頓服制御

 2018年7月21日。通院しました。

 不調の由、医師に申告しました。その際に思い出しましたが、2年前の夏にも不調となり、東京で転地療養しています。転地療養の事態にならないように、今季は頓服薬をうまく使って乗り切ろうと判断を下してもらいました。

 しばらくは、何も無い折に寝込むのを、アリだと思うことにします。

緊張感の表裏

 神経質と、ハイテンションとを行き来しております。めんどくさいやつめ……。

 今日は来客ありと聴いています。粗相無くお出迎えできますように……。名刺も本名の方をしっかりと渡さないといけません。ハンドルネーム名刺ではなく。

 少し午睡をとり、心身を再調整しようかと思います。心の閾値はまだ……『来て』います。ストレスを解消しつつしっかりと地に足をつけていきたいところ。

休むときに何をするか

 もうこの発想がダメなんだとは思いますが。

 まったくの無為は耐えられない、そんな私です。今日は手紙を書いて「休み」ました。読書はちょっと無理でした。まあ焦らずに行きます。

 無為となると、眠ってしまうのです。それが休息にはなるんですけどね。眠ってしまうと無為をただむさぼったと焦り出すのがまずいと思います。

 暑さの中です。午後は冷房のもとでできることだけしようと思います。療養生活返上へ向けて、また一歩ずつ。

心のうつわの閾値

 2018年7月15日前後から、どうも心がすぐにしおれ、萎え、パニックやグロッキーになります。

 心の閾値が来てしまっている、そんな表現くらいしか見当たりません。少しの負荷でぱったりと身体まで倒れ込む、そんな感じです。

 原因は不明なんですよね。責任を持って取り組むべきことは多々あることに変わりなく、そうしたこと自体はむしろ勇気を燃え立たせてくれるのですが。

 無理せず、一日の内の「休息」比率を若干増してみようと思います。何もしないときや、本を読むとき、掃除をするとき、草刈りも……できたら。

 しっかりやろうと思います。

よりそうことはできても

 その方(当事者)本人になれるわけではない。

 ……人のこころの痛みについて、です。傷を心に負った方の話に触れますと、過剰に「こういうことだろうか、ああいうことだろうか」とイメージが脳内で渦巻きます。

 勢いをまして想像では無く妄想の域で、ひとり疲れ果てるのです。なにをしているのやら、というところですよね。それが「痛むともに痛む」ことではないのに。

 バウンダリー(バウンドリー)をまもりつつ、しっかり寄り添う。健全な相互依存を築きたいところです。

寝てリセットを企図

 次々と抑えがたくわいてくる、いろいろな「悪しき」病的妄想。それと、睡眠時無呼吸症候群だけのせいにはできない、昼間の重だるさ。

 仮眠でリセットを図るのは逃げなのか前向きなのか。正直、逃げかなとは思います。ただ、妄想の波が弱まる(再起後)ので、静養のための午睡と言い訳して仮眠することが多々あります。

 今は仮眠後の少し落ち着いた時間帯。ここで色々と考えたり、できる限りのコミュニケーションをどなたかととったり。解決すべき事案に向き合おうとしています。

 まあ、このメンタルの重荷が無ければ、基本傲りを止めがたい私の性格から、色々今以上に失敗を量産していたことと思います。

 もうちょい色々謙遜や感謝をもって事に当たりたいものです。

ゆえなきつらさが訪れて

 理由がわからない(無い)不安感であったり、つらさであったり。そうした状況に陥ることがあります。

 今日はつらさが来ました。無気力感もおまけに。今は少し落ち着いてブログを記しています。

 重要なことに取り組む必要があるときにつらいと、ほんと疲れますね。どうにかしっかりと立ち直りたいところです。