およぐこころ、たゆたうからだ

100兆ドラクマko.i.tsu、自身のメンタルヘルスの記録

早退

頭痛や寝違えの部位の痛み……もさることながら、メンタルが「挙げられない」状況。今回も長いな……。

事業所には行ったものの、即早退。何してんの。

まあ……法人案件をきちんとしたいし……そっちにとりかかっていこうかな……。

いつも「スター(いいね)」ありがとうございます。励まされております。

フィジカルの方かな?

脳疲労って、こういうことなのだろうか……、という状況にある。

モヤーっとした感覚が抜けない。寝ても抜けない、動いても抜けない。

別の何か病だったら困るなあ……。

言えば、脳の緩急がつけられない。常にフル回転。そりゃ疲れるって。

漱石先生だって脳のほとんどを使いこなしてはいなかったみたいな話を聞いた気がする。凡百の我、そりゃそうか。

焦らない、一休み。

乱高下に「もまれ」ても

気持ちが落ち着いているぞ〜、という段で、不意にざわつく局面に入った。

気持ちが乱高下。

でも、安易に自分を押さえつけないようにしたい。勇気あるフリは良くない。一方で、安堵を得たいのも本能的なものと言えようか。そちらに逃避ばかりしないようにしたい。

ではどうするか。局面に向き合える心身の状態なのかといった基準で、一応の「そのとき」の判断をしようと思っている。

朝、ストレスが少ない局面・時間帯で向き合えることができるのもありうる。夕刻、疲労の中で頑張れる時もある。もちろん、それぞれの逆パターン(向き合えない場合)もある。

自分と向き合うのが、ひとつ、大切だろうか。さまざまな助けやツールに拠りながら。

自力だけで、自分を整えることはできないし。

こうして、書き出すのも有効な「落ち着きに至る手段」の一つ。自分が「何を見失っているか」などがわかることもあるから。

不完全な存在ながら、完全を目指す(完璧主義とは違う意味で)路の途中。苦境と思える「チャンス」もまた多いことを、忘れずにいたい。

難しいを扱えない

難しい命題を未だもって扱うのがだめ。

知恵熱みたいになるんだ。アラフィフやぞ……。

さて。

学習・勉学ということを疎かにしたまま、齢を重ねてきた影響が、いよいよ大きくなってきている。

何を読んでも、よほどのことがない限り「一理あるな……」と流されそうになる。なんなら「その通りかもっ!」とテンションの上昇することさえある。危ない。

自覚があるからとて、安穏としていられない。

メンタル症状の改善や、趣味活動については、まあ、覚えていることもある。

しかし、ほんと重要な命題みたいなことについて、思い出せないというより、若い頃に入力してこなかった影響が、ジリジリと大きくなってきている感じがする。

リスキリングや学び直しなどとかいうものに流される気はないが、そもそもの「一段階目の学び」を今から急ぎつつしていこうと思う。というか、するしかない。

野口悠紀雄さんの「パラシュート勉強法」みたいに、まあ、概略から始めてといこうか。

メンタルブログに書いたけど、これは「焦り」の理由の大部分を明らかにして、対処すべく……というものゆえ。

AIを主体的に使えれば、まあ、効率はいいと思われるかもしれない。

ただ、AIを使うことについては色々と思うこと・思い煩うことが多いので乗り気になれない。

そんなこと言える局面なのか、どうなのか。

悶々としつつ、また学びのための読書をしている。